2009年07月12日

月世界@渋谷道玄坂

道玄坂から宇田川に抜けるにぎやかな路地を進み、途中のホテル街への小さな坂道を上ったところにこの店はあった。

旬の野菜コラーゲン鍋、と謳っているが、れっきとした中華料理だ。


店内は1フロアのみ。テーブルと、漢方酒がずらりと並ぶカウンタだが、詰めても25人も入るだろうか。
ほぼ9割が女性客。ホテル街などいまどき何の抵抗もないらしい。

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付きだしから、中国小姐のおやつの様なひまわり種子や木の実が並ぶ。新鮮生野菜が看板商品らしく、30種類以上あるとの事だが、蒸し暑い今日は中華でいくことに。

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四川風よだれ鶏。(口水鶏)豆板醤やラー油や唐辛子やらの辛めのソースが極め手だ。見ただけで口によだれが、という命名なのだろう。

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蒸し餃子に海老料理、野菜のフリッターや心空菜も皆とてもしっかり中華していてうまい。

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締めに十六穀のチャーハン。デザートは海南島の大粒ライチ。


これは渋谷によい穴場を見付けました。また来たくなること請け合い。
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2009年07月08日

米中G2の行く末(プレゼン原稿)

【序】

昨年のこの場で「北京オリンピックは成功するか。胡錦濤政権の笑顔の友好路線はいかにも怪しい。実は思惑を含んだものではないか」というお話を皆さんにしました。

「自己中心、ありがとう、ごめんなさいを絶対に言わない、大声でうるさい、すぐに居直る、援助などでもらった資金でも自分のもの顔、等など、中国人の文明度は世界中で批判の的です。

いわば、古女房の様な、不愉快だが別れるにも別れられない関係を日中はいつのまにか築いてきてしまっている。ところがその女房が、最近いやに愛想がいい。こんな怪しい話はない」と申し上げました。

その思惑とは、共産党の中国が、資本主義市場でも米国を抜いて世界一の国家になる、という強い決意の現われではないかということです。

その象徴であったオリンピックは盛大に成功して終わりましたが、実はむしろその後の半年間で、Xデーがかなり近づいた様に感じています。


【「G2」の議論】

最近、オバマ政権の中でG2の議論がさかんにされているのをご存知でしょうか。

G2とはカーター政権の外交関係の大統領補佐官だったブレジンスキーがオバマ大統領の選挙活動で協力していたのですが、この1月に提唱したアイディアで、その後、米国内で賛否両論が飛び交っています。

一言でいえば、G2とは、米中2ヵ国で世界経済の諸問題を話し合う会談を、非公式に継続的に開催すべき、という主張で、G7, G12, G20などの主要国財務相会議(首脳会議)よりもアメリカにとって重要だ、という内容です。

事実、オバマ政権になって、2月にヒラリー・クリントン国務長官が、最初の訪問国として日本&中国を訪問(アメリカでは日本や韓国を訪問した事が報道されず、中国のみ国名が出た)したのに続き、

6月2日に ガイトナー財務長官が訪中し、胡錦濤主席や温家宝首相と会って、アメリカの財政赤字を10%から3%に減らします、といった約束をしています。

これまで、中国の元の為替操作はケシカラン、元をもっと高くしろ、と主張していたのとは大違いの低姿勢でした。
この時にアメリカサイドから中国に、G2の提案をした、とも言われています。


ではなぜG2なのか?

このデータを見てください。

       アメリカ  中国   日本   EU  世界合計

GDP    1430兆  440兆  490兆  1840兆  6000兆
外貨準備高  0.07兆  1.8兆  1.1兆   0.6兆   7.2兆
国債発行高   3.2兆  --- 10兆 --- ---
米国債保有   7600億  6800億
         
(単位=米ドル)    


米国の国債発行高は、現在3兆ドルです。

オバマ大統領は、GMや金融機関の救済のために、大規模な国から支出をして、一時期、国有化する、と宣言しました。これがうまくいくかどうかは、オバマ政権の死命線です。

まさにアメリカを代表する企業が次々国有化され、We are all Socialists (俺たちみんな社会主義者)という見出しがニューズウィークの表紙に載りました。

では、この資金をアメリカ政府はどこからもってくるのか。

実は、アメリカ政府は最近、国債の発行高の上限を10兆ドルまであげる決定をしました。

日本は世界最大の財政赤字国で、赤字の借金は国債によるものですが、これはすべて日本国内(国民や日本企業)からの調達なのです。
   
ところが、アメリカの国債は、ほとんどが海外からお金を集めています。

では、今、アメリカの国債を誰がもっていて、これからの緊急増分(おそらく毎年2兆ドルずつ増やす予定)を、世界の誰が買うのか、買えるのか、という話になります。
   
アメリカは、世界最大の米国債保有国であり世界最大の外貨準備高を持つ中国に買ってもらうしかない、と考えています。

それがG2の根拠です。 (日本は放っておいてもアメリカのいいなりになる、という発想なのは言うまでもありません)


【アメリカと中国の関係】

アメリカと中国の関係は、complex Inter-dependency (複雑な相互依存)と呼ばれています。

それは、アメリカは中国からの資金がないと、経済破綻から回復できない。
もし中国が米国債を売りに出したら、国債の価格は下がり、ドルが暴落し、金利が上昇してアメリカ経済は崩壊してしまいます。こうなると原爆やテロと同じ脅威です。

一方、中国も、こんなに買ってしまった米国債の価値が下がれば、汗水たらして貯めこんだ人民の資産が目減りするので、簡単には動けません。

したがって、中国にはアメリカの国債を売らずに、しかも新規の国債も買ってほしい。そのための中国の資金は、現在の中国が貯めこんでいる外貨準備に加えて、今後の貿易収の黒字(中国が輸出でもうける)部分から、という話になります。
   
アメリカは中国が輸出をし、もうけ続けてもらうしかない、というわけです。それなら元が安いのもしばらくはしかたないか、というわけです。


【結論】
    
ここ数年は、中国の顔色次第で米国経済の生死が決まる=世界経済が動く、
中国経済の成功がないと米国の経済は成功しない、
という図式になってしまった、ということです。

    (例)
     中国の貿易収支(黒字) 
     経済危機にもかかわらず、中国は昨年後半、大幅な輸入制限
     をしたので、何と、今年の1月まで貿易収支はずっと増加
     (390億ドル)していたが、2月に急減(48億ドル)した。
     この影響で、3月以降、アメリカ国内の長期金利が 2.2→      3.4% に跳ね上がった。

     中国の貿易黒字が減ると、アメリカの金利が上がり、アメリ
     カ企業が困る、という図式。 


【中国は「してやったり」、か?】

いえいえ、実は中国はG2に反対しています。
温家宝首相は、「中国は中国しか救えない」と宣言しました。
世界経済の手助け、の目的で資本主義に取り込まれてはたまらん、との判断です。


ここしばらく、アメリカと中国の駆け引きには、目が放せません。
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雨のアクアライン

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名古屋出張。一泊して始発ののぞみで千葉に移動。

海外に限らず国内出張も強行軍だ。

雨の午後。
アクアラインを一路東京に。明日来社するインドネシア社長との面談準備をしておかないと。
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2009年07月05日

北九州ご当地みやげ

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2泊3日の短い「里帰り」。

20年ぶりのこの町の変遷は、我が身の変化以上に心の襞に刻まれた。

帰京の空港でおみやげ探し。食べてみたいかどうかは、こうなると二の次、三の次だ。これらのの製品ひとつを世に送るのに、どれだけのエネルギーをかけているのやら。

味は帰ってのお楽しみ。


【オマケ】

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JR九州。かつての国鉄の官僚主義はもうないのか。
東京のスイカSUICAにあたるICカード乗車券のネーミングが

「スゴカ」(SUGOCA) 。

Smart Urban GOing CArd の略だそうな。
(ちなみにSuicaSuper Urban Intelligent CArd)

「東京ほどスーパーじゃなかが、スマートに地元ならどこでも行けるっつこつ」なのだろう。
英語は後付けとしても、スゴか〜、のインパクトは大きくないか。

ただ、マスコットのカエルと目覚まし時計が、スイカペンギンほどの人気だという話はまだ聞かない。
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北原白秋

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山頂の一角に、北原白秋の碑が。

どんな名句かと思いきや、
  「鐵の街」
  「八幡製鐵所所歌 (曲:山田耕作)」
などのご当地ソングの作詞。

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奮っているのは「八幡製鉄所運動会応援歌」の作詞。

確かに昭和5年といえば、製鉄は富国強兵の国営事業の最先端。ここだけで社員が9万人、日本全体の鉄鋼需要の半分以上を支えていた時代だ。

いまや斜陽の日本重工業の代名詞。直営社員は1300人たらず。
もはや社員の誰ひとり歌えない歴史ある唱歌の痕跡が、人知れずここにあった。
 
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天空ドーム

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山頂展望台からまわりを見ると、あれっ、あの鳥カゴはなあに?

足下に明らかに、前世代の遺物(というかきっと前にきた時から残っている数すくない仲間)と思しき青ペンキの鉄の構造物が。

今の展望台ができる前に、一段高く見渡せる場所、として作られたに違いないのだが、なんと名前が「天空ドーム」なのだという。

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だまされたと思って上がってみれば、なんのなんの。かつて住んでいた天神町のあたりを中心に、見晴らしは最高だ。

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振り返ると、九州の地方テレビ局は、NHKを始めすべてこの山頂に電波発信基地を備えている。最新のパラボラアンテナの集結地でもある。

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青いペイントが剥げかけた手すりのすみずみに、チェーンが巡らせてある。遠くからはネオンサインに見えたのだが、近くで見ると、何とさまざまな色・形の南京錠が数珠つなぎに付けられているのだとわかった。ひとつひとつをよく見ると

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何と恋愛祈願。というより、きっとふたりで付けにきた、恋愛の誓いの鍵だった。ゴツイもの、かわいいもの。文字であふれるもの、名前だけのもの。恋愛の形態が無限な様に、鍵の個性も本当にさまざまだ。

ネット・デジタル全盛の今の世に、こうして本物の錠を持って、山頂に付けにくる若いふたりの心根に、20年前に感じたほんものの情を改めて見つけた気がした。
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皿倉山登山

なになに? 新日本三大夜景
なになに? 100億ドルの夜景?

必死さは判るが、何とも無理筋なキャッチじゃあないか。

ちなみに新日本最大夜景は、ここと、奈良県の若草山、群馬県笛吹川フルーツ公園、の3箇所で、日本夜景100選を決めている夜景倶楽部が選定したらしい。

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昭和32年からあった旧式ケーブルカーを、7年前に大改造。スイス製の車両に切り替えたとの紹介。確かに明るい色使いや窓の大きさに新しさが感じられる。

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山上駅に着くと、さらにリフトがあったのだが、これまた2年前に大改造。今では足下の景色を見ながら横向きに上昇するスロープカーに生まれ変わっていた。

ここまでの往復料金が1200円。高尾山よりはずいぶん安い。
働いている人たちはみな高年齢。しかも運転手を含めて女性が多い。

箱の更新とソフトとは必ずしも一致しない。

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3階建ての展望ビル。2階の食堂からの見晴らしだ。
歩いて暑かったので350円のソフトクリームを注文。生き返る。

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山の反対(南)側には山々が広がる。足下に見えるのは、製鉄所が所有する河内ダム(貯水池)だ。
前面の海には製鉄所、後面の山間にはダム。往時の産業の規模のすごさが思わず伺える。まさにつわものどもが夢の跡。

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ディープゾーン

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八幡駅を後にして、徒歩で皿倉山のケーブル乗り場へ。
何しろ製鉄所のある洞海湾からわずか3キロ程で、北九州で一番高い662メートルの皿倉山頂に向かって、街全体が急勾配にかしいでいる。山頂に向かって町を歩くのは、ほとんど山登りだ。

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歩きながら、そこここに20年前と変わらぬ家並みが残されているのに気づく。家屋は不動産だが看板だけはまだれっきとした弁当屋だ。

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ひなびたお菓子屋さん。客がくるのだろうか。

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自家製かすてら? 誰がどうやって作っているのだろう。

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鉄さび色のガレージに都会ではもう見かけない中古車
坂道に沿って家々が順番に山を上っている。
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懐かしの八幡エリア

無事、出張の業務も終わり、帰ろうとしていると、梅雨空があけて一気に九州の夏の空に。東京では聞かないクマ蝉のジージーいう鳴き声がなつかしい。

急遽、飛行機の予約を遅らせて、かつて住んでいた八幡地区に足を向けることに。

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20年前は、当時流行の先端だった愛車のホンダプレリュードでの移動が大半だったが、今回はすべて公共手段と歩き。

平屋のベタ駅だった寂寥とした八幡駅が、駐車場を上層に据えた駅ビルに変身していて、まずびっくり。駅前もすっかり整備されて、通行量も多い。まったく別の街にきた様だ。

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夜になると真っ暗だった駅前の道路も、すっかり整備されてマンションが立ち並んでいる。さわらびモール、といういかしたネーミングで両側に大きな棕櫚が並んでいて壮観だ。

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20年前と変わっていないのは、かろうじて残された鉄さび色のモニュメントだけ。

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駅の東側には、1901年に日本で最初に操業開始した近代式溶鉱炉のモニュメントが整備されている。20年前は朽ち果てた姿で、毎日見るのがつらかったものだ。

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そのすぐ隣には、鳴り物入りで立ち上げた「スペースワールド」が。
今では100%株式を売却してしまったが、立ち上げ当初には、共同株主だったJR九州に頼み込んで、鹿児島本線の路線を引きなおし、「スペースワールド駅」を新たに開設させたほどの力のいれ様だった。典型的な武士の商法。どこでマーケティングを間違えてしまったのだろうか。

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北九州ドサ回り 駆け足出張

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ほぼ20年ぶりに、かつて転勤族として2年間だけ住んでいた北九州市にご出張。

(その後も何度か出張で訪れたはずなのだが、今ひとつ記憶が定かでない。いずれにせよ外資にいた時には製鉄以外の訪問だったはずなので、15年以上経っているのは間違いない。)

羽田から新しくできた北九州空港まで1時間半。国内飛行は滅多にないので、バーコードのタッチアンドゴーとか、とまどうことが多い。

かわいい空港から直行バスで小倉まで35分。

何より驚いたのは、小倉駅の変貌だ。いつのまにか京都駅の様な高層建築に。しかもJR(新幹線・在来線)とバス網とモノレールがすべて一体になっている。

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駅前は、向かい側の旧そごう小倉(現 井筒屋コレット)の巨大ビルとの間に、渋谷駅前もびっくりの陸橋システムが広がっている。全天候型のエスカレータがあちこちについていて移動が早い。
柄の悪かった昔の駅前の雰囲気は一掃されていた。

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小倉から2駅の戸畑へ。古い駅から200メートルも離れたところに新駅ができていた。7映画館が入るシネマコンパウンド。サティなど、当時は想像もできない駅前の整備ぶりだ。

夕陽に浮かぶ若戸大橋のシルエットだけは何一つ変わっていない。

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7月に相次ぎ行われる福岡三大祇園祭り。
博多山笠祭、小倉太鼓祭、戸畑大山笠祭だ。

中でも戸畑の大ちょうちん山笠は壮観だ。

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今夜の打ち合わせは、その日の漁で玄界灘で獲れたさかなしか料理に出さない、という地元の名店で。質実剛健なさかな料理に、久々に舌鼓をうった。

posted by カボリン at 16:27| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

間も無くお引っ越し

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夕暮れの呉服橋から日本橋界隈を眺む。

日銀を見下ろす、会社の執務室からのこの光景もあとひと月。

盆明けからは肩身の狭い丸の内族にお引っ越しだ。


本社を移すと経営危機が来る、とのジンクスは、家を買うと転勤、と共に広く言われていたが、最近はあまり聞かない。


ひさびさにジンクス復活、とならないとよいのだが…。
posted by カボリン at 12:23| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

アレクサンダー・マッジャー ★★★★

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友人から当日余ったチケットを譲られ、予備知識無しの演奏会。

一般が5,000円との事だったが、何と一階かぶり付き左側7列の好位置。演奏者の鍵盤上の両手の動きがあまねく見える。

旧ユーゴスラビア(セルビア)ベオグラード出身の41才。映画監督に惹かれた時期もあるという変わったソリストだ。

音の色彩をとことん追おうとするこだわりが強く感じられるのはそのせいか。


無名の日本のリサイタルで、ピアニストが選んだ演奏曲目は、ドビュッシーとショパンのエチュード(練習曲)が12曲ずつ。

音感の印象派と、技巧の頂点を誇る二人の対照的なクラシックの巨匠だ。


聞き行くうちに、次第に涙が出てきた。
欧州の田舎で生まれ育ったピアニストは、驚くほどの技巧で鍵盤を震わせる。おそらく過去30年以上にわたり数百回と弾き込んだ練習曲に違いない。


言葉も文化も共通点のないこの国で、孤独なピアニストが聴衆に語りかけるために選んだ曲。それは耳当たりのよいセレナーデや激情のソナタではなく、一人きりで向き合い続けてきた練習曲だ。いわば40年のこれまでの人生そのものを、素朴で飾らないこの演奏家は晒して問うているのか。そう気付いた途端、一気に胸が熱くなった。


ピアノの鍵盤は白52、黒36。誰にも等しく一鍵に一音だ。それをどう叩き、どう活かすかで至高の芸術にもなれば堪えられない騒音にもなる。

なんだか人として与えられた人生の時間とすごく似ている気がする。


作曲家は後世に作品と名誉を残すことができるのに、演奏家はそれを再現することしか許されない。制限されつくしたルールの中で個性を発揮して新たな感動を生むこと。これが演奏者の歩む道だ。


しかし、もうひとつ許される演奏者だけの特権。それは曲を選ぶ、ことだ。


前半の光と幻想のドビュッシーに続いて、後半は曲芸師のごとき指つかいで、ショパンの技巧の中から叙情を訴えかけてくる。


夢の中でも弾ける、弾き込み、向かい合い、心の中で語り合ってきたひとつひとつの曲の相が音の光となって伝わってくる。



なりやまない拍手。


アンコールを二回終えてもまだ客が帰らない。


よもやの三曲目のアンコールを弾き始めた時、この人は本当に本当に演奏が好きなのだ、とすべてに納得できた。


名も知らぬ東欧の中年のピアニストに、こころの底から感動した一夜だった。
posted by カボリン at 00:10| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

就職紹介のマーケティング

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何かとうわさのインターネットカフェ。就職難のせいか、トイレに行くとこんな貼り紙が。

その昔、大学生の頃、アルバイト情報誌は例外なく有料だった。就職してからこの方、バイト経験はないが、その後いつのまにやら、無料で街に配布してあるのに気付いた。それだけ転職や短期雇用の需要が増え、流動性が高くなったのかと納得していたのだが、

今では何と、採用されると賞金が付いてくる!

参加賞扱いなのか、面接時の交通費支給の文字も見える。

難民と呼ばれるカフェ住人向けなのだろうか。

ついつい「人買い」という言葉を思い出してしまった…。


退場すべき人が誰も退場せず、新人が登場しようのない舞台。このままいつまで持つのだろう。

日本の雇用既得権が機能しなくなる日が恐怖だ。
posted by カボリン at 20:31| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

梅雨の晴れ間

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経済はまだまだ晴れ間とはいかないが、一時期のパニック的混乱は収まり、急落した指標も底打ちだと言い始めた。

空模様もピーカンや大雨よりこのくらいの青い曇り空の方が過ごしやすい。

さて問題はこの後だ。

アメリカの消費はしばらくお休みだろう。

GM国有化などの企業救済のための莫大な政府の財政支出は、国債という借金に頼るのだが、国債の大半は中国が所有している。

国民が借金して物を買い続けてきて、あげくに企業が破綻したので今度は国が借金して再生を図る。どちらも出資元は中国だ。

アメリカは少なくともここ数年は中国というスポンサーの顔色を窺わないと生きていけない身体になってしまった。買うのはまずアメリカ製品。その次は?
中国てな事になっても不思議でない。


一方の中国は、輸出で持たせていた経済成長がへこんだままだ。何しろアメリカが買ってくれない。ここしばらくは、今まで手がついていなかった内陸部の開発や農村の家電化、微型という小型以下の国産車など、中国の国内需要を高める作戦でつないでいく。当然中国企業がそれをまかなう。

では日本は?

内需はもう無理。輸出も得意な高級品はしばらく期待できない。工場は半分停止。賞与も会社経費も削減。政治は政党ゲームばかり。

おそらく、日本が本当に大変になるのはこれからなのだろう。
日本から物を買ってくれる救世主がまったく見当たらないからだ。

今年いっぱいはまだ去年までの蓄えがあるが、おそらくこの状態が大きく回復しないまま、数年、へたをすると十年近くは続くのだろう。そして…

いやな想像だが、その次の時代に世界経済を牽引するのは、おそらく中国やインドになるはずだ。彼らをメインの顧客として日本がビジネスをしていく覚悟や備えはあるのか。

製造業はこれから採用の谷間だった年次が中間管理職になる。その上に大量にいたベテランが一斉に去って新人を採用するのでシロウト集団になるはずだ。品質トラブルも多発するだろう。そんな製品がいつまで高く売れるのか。

売る物がなくなれば観光等のサービスでお客を呼ぶのか。
中国人やインド人だらけの名所や温泉銀座通り。
そんな商売が長く続くとは思えない。

それなら文化は?
金にはなるまい。アニメやゲームソフトで国は持たない。

大国の御旗は中印にゆずりものづくりをあきらめて、少人数で質素で清潔だが力のない国家になる、という選択肢もあるのだろうか。
それならまずは農業の充実だ。自給率が上がらないのは上げようとしていないからだろう。道路造りをやめて農地造りに切り替えるべきだ。

でもそうなると、これまで使い続けてきた赤字財政が破綻して、円が暴落して何ひとつ買えなくなる。

財政再建するまでは、経済優先で回していかないと、国が潰れてしまう。

なんだか日本もとんでもないところまで来てしまっている様だ。

曇った青空くらいが一番過ごしやすいのだが…
posted by カボリン at 12:15| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

少し早めのバースデー

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posted by カボリン at 15:46| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

上海 Vol.73

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インフルエンザの感染者がアジア最大となった日本。

若者層での欧米との接点が多いためか、感染検査を市内でも頻繁にやるからか、はたまた民族的に免疫がないのか…


理由はともかく、数年前にSARSで大変な目に会い、国際的評価を落とし中国にとっては、ウイルスキャリアの多い日本と日本人は最大の脅威だ。


空港での到着機内での全員検疫はもちろん、日本から帰国した中国人は、5日間の自宅待機を経ないと入構できない。


我々日本人には毎朝の検温が必須条件となっている。

そんな中での訪中。来いというのだからしかたないが、街中でマスクでもしていれば、石でも投げられかねない。なるべく日本人らしくなくしていないと。
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2009年05月23日

バーン・アフター・リーディング ★★★★☆

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アカデミー作品賞を始め5部門を受賞したことで、一躍アメリカ映画界の主要監督、製作者となったコーエン兄弟の作品。クライムコメディという分野があるらしい。

日本公開1ヶ月を過ぎ、ランキングからも姿を消そうかという最終タイミングでの鑑賞。

コーエン兄弟は知らなくても、ブラピがコメディに出てるなら、とシアターに足を運んだ観客は呆然として作品を否定している様だ。そりゃそうだろう。

「ブラピ」を含め、世の中で信じられているそういう「権威」の全面否定、そんなのうそっぱちだぜ、というアイロニーと揶揄が、この作品の唯一のテーマではないかと思えるからだ。

「権威」の象徴としてこの映画で敵視されているのが、まずはCIAだ。作中でもCIAの元諜報部員が引き起こす連鎖反応に、CIAの幹部が反応する様子が、ストーリーの要になっているが、それ以上にエンディングロールで流れされる「CIAマン」の歌詞があまりにも直截的に挑発的だ。まさにケンカを売るに等しい罵倒と皮肉のオンパレードだ。

どうしていまどき「CIA」なのか。

コーエン兄弟とCIAとの目立だった対立構図は見当たらないが、2008年にブッシュからオバマにアメリカの政権が移ったのと関係があるかもしれない。

共和党のブッシュ政権では、冷戦終了とともに民主党のクリントン政権下で予算削減が続き活動力が衰えていたCIAに、対テロ情報活動の名目で大幅な予算増額を与えたため、諜報活動の復活を果たしていた。イラン・イラクでの破壊活動を始め、反米活動家の入国時にCIAの秘密施設に幽閉し取り調べるなどの非合法の活動をしていたことが最近暴露されている。

古くは民主党のJFケネディ大統領がCIA組織を解散しようとして暗殺されたという説まである。今回就任した民主党のオバマ大統領がCIAが水責めの拷問をしていたと発表しアメリカ社会を揺るがしたのもつい先日のことだ。

こうした時代背景を背負って、コーエン兄弟が怒りの鉄拳を振るった(?)のかもしれない。

作品中のCIA元情報部員であるオズボーン・コックス(ジョン・マルコヴィッチ)は名門プリンストン大学の卒業生として描かれている。プリンストンはCIAにダレス元長官を始め、多くの卒業生を送っているが、実は兄弟の弟、イーサン・コーエンはプリンストンの哲学科の卒業だ。


だが、作品中にはそんなシリアスさは皆無。ひたすらおバカがおバカを生んで、収拾の付かないバカバカしさが混沌として蔓延するばかりだ。

「オーシャンズ・シリーズ」のコアメンバーであるジョージ・クルーニーとブラッド・ピット。二人ともアカデミー助演男優賞だが、この作品では、妻がありながら出会い系サイトで不倫を繰り返すセックスで頭がいっぱいの連邦保安官と、筋肉ばかりで頭が空っぽのアスレチックジムのトレーナーを演じてとめどない混乱の引き金を引き続ける。

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オーシャンズと言えばあとはジュリア・ロバーツだが、彼女へのアイロニー、なのだろうか。これまたオスカー女優であるフランシス・マクドーマンドが、ブラピと同じジムの事務員として、異性との出会いと結婚を夢見て全身整形の手術費用の捻出だけの目的で、ひたすら大混乱のネタを生みつづける。なんとなんと、このマクドーマンドは、コーエン兄弟の兄のジョエルの妻でもある。
(ジュリア・ロバーツの整形ネタは有名だが、これに引っ掛けているのかどうかは定かではない。)

また、オズボーン・コックスの妻には、4人目のオスカーであるティルダ・スウィントンが扮している。

要するに、アメリカ映画界を代表するアカデミー俳優をこれだけそろえて、まったく彼らに好きな様に演じさせない、完全にコーエン兄弟の世界を演じる三枚目にしきっているところが、実はこの映画のスゴさなのだ。(それぞれのファンの失望でもある)

そしてそこには、「CIA」という仮想敵とは別に、もうひとつの「権威」への否定のメッセージがこめられている様に思えてならない。コーエン兄弟自身が総ナメにした【アカデミー賞という「権威」への反骨、こんなもの笑い飛ばしてしまえ、というコーエン流の挑戦状】というわけだ。


物語は元CIAのオズボーン・コックスが紛失した自叙伝用のガラクタ情報のCDを、ジムに勤めるブラピとマクドマンドが拾い、極秘情報と勘違いして、これをネタに恐喝し金に換えようとするがうまくいかない。一方、自分の妻の目を盗みオズボーン・コックスの妻(スウィントン)と不倫を続けるクルーニーが一枚加わり、ドタバタの殺人劇を繰り返すことになる。暗殺プロ集団のCIAが手を下すまでもなく、男性4人中3人は死亡、1人は国外逃亡しておしまい。そもそものネタ元になった強欲なマクドマンドおばだけがCIAから口止め料をたんまりせしめる、という劇辛ブラックぶりだ。

(どうしてマクドーマンドだけがいい目にあうのか不可解だったが、兄監督の妻とわかれば、これまた製作のブラックぶりが助長されるという寸法だ。)

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歴史に残る名作、にはなりえないが、政策風刺の顔をして、実は映画権威への挑戦・否定のメッセージだとしてみると、なかなかどうして骨のある作品、コーエン兄弟にしかできない荒技、と思えてくるのだが。
posted by カボリン at 21:32| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天使と悪魔 ★★★★☆

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教皇の死とその継承をめぐる陰謀がテーマ。

中学高校と鎌倉のカソリックの学校に通ったのだが、教師だった欧州の神父たちから基礎知識としてキリスト教の教義や歴史をしこたま教わった。
その時は単なる情報の記号だったのだが、社会に出てからすぐにイタリアに4ヶ月ほど出張して、ローマを始めイタリア中の寺院や遺跡、美術館や博物館を回る機会があり、欧州の文化とキリスト教とがまったく不可分一体であることを強く思い知らされた。

天使と悪魔。

宗教と科学の対立をテーマにした作品、との紹介だったが、そうした説明のための下地とは無関係に、若い日に胸躍らせて休日のたびに歩きまわったローマの数々の教会や広場の映像に、まるで長い間はなれていた故郷に久々に戻った様な錯覚を覚える。それほどに、画像や素材の美しさが生き生きと大切に描かれている。

さらに、一般人は目にすることがないコンクラーベの様子やサンピエトロ寺院の地下にある聖ペトロの墓とネクローポリス。ラファエロ、ミケランジェロやべルニーニの彫刻や絵画。いまだにスイス傭兵が守るシスティナ礼拝堂など。

ミステリーの背景に使われるこれらの豪華無比なセッティングだけで、劇場に足を運んだ甲斐があったと心底感動した。

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さて、個人的な思い出に浸っている部分はさておいて、この作品の生命はスピーディーな謎解きにある。刻一刻と迫るカタストロフの時刻に向けて、ローマ中を飛び回る主人公。

かつて宗教が弾圧した科学からの復讐を、いま同じ形で宗教が受けている。新教皇の祝福に集まる世界中のキリスト教信者とローマの街を果たして救えるのか。その展開は知的にスリリングで、見ていて興奮する。

ところが、2時間余りのわくわくするストーリー展開の最後の最後に、お約束のドンデン返しが用意されている。善玉で新たな宗教の救い主かとまわりから信じられていた出演者が、実は陰謀の主犯だった、というオチなのだ。
ここがあまりに短絡的。というかそれまでのさまざまな大仕掛けが、彼を主犯に準備され操られていたという必然性や動機が全然ピンとこない。

さらに言えば、
 あのシーンやこのシーンは何だったの?
 彼がわざわざそんなことまでしないといけなかったの?
 もともとそのつもりで最初からしかけていたとしたら、ほとんど成 功しそうにない陰謀計画じゃないの?
と頭の中に?がメリ−ゴーランドの様に回りだす。

ここで思考回路が寸断されてしまい、そこから先のエンディングについていけなくなってしまった。

終わってみれば、「宗教対科学」って、単なる小さな個人的な権力陰謀の隠れみのにすぎず、そのための仕掛けに使われた「反物質」ってのも、おためごかしにしか思えなくなってくるから悲しい。

悪が成敗され、新たな教皇の即位を広場を埋め尽くす百万の信徒が喝采する印象的なシーンで物語は終わる。ラングドン教授にもささやかな(でもこれが無ければ一生手に入らないだろう貴重な)贈り物が捧げられて、少なくとも前作で物議をかもした法王庁と宗教歴史学(=映画製作側)とはメデタく関係修復の手打ちができた、というオチでした。

ああエンタメ、めでたしめでたし。
posted by カボリン at 17:39| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

愛を読むひと The Reader ★★★★☆

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タイタニックのヒロイン、ケイト・ウィンスレットが本年度(第81回)アカデミー主演女優賞に輝いた作品。

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タイタニックでは永遠の少女役だった彼女もいつのまにか33歳。
本編ではR指定を受けるほどの数々のフルヌード、しかも20歳年下の少年ミヒャエルの初めての性の相手(この時15才の高校生だからまさに淫行)という役を体当たりでこなしている。

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製作の裏話として当初、ニコール・キッドマンが主役のハンナ・シュミット役として撮影を開始したが、妊娠のため降板したためケイトが演じることになったらしい。こういっては何だが、41歳のキッドマンが少年を相手にこの役を演じていたら、この作品の趣きもまったく変わったものになってしまっていただろう。

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1958年の夏、ドイツのベルリンで出会い、男女の関係になってしまった公営鉄道の美貌の車掌ハンナ(36才)と高校生ミヒャエル(15才)は、4週間、彼女の家で同棲し毎日激しく愛しあう。
ハンナは役者になりたいと夢見るミヒャエルに、さまざまな長編小説を毎回朗読させ、それを聞いて感動するのが日課になっていた。
ところが、ハンナが公営鉄道で昇進し、車両現場からオフィスに仕事を変えなくてはいけなくなったのを最後に、彼女はミヒャエルの前から姿を消してしまう。

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彼女を深く愛していたのに、結局彼女から愛されていなかったのだと傷心するミヒャエルが、思わずハンナを見かけるのは、それから8年後。法律大学のゼミの授業で、2次大戦時のユダヤ人大量殺戮(ホロコースト)の裁判を傍聴するのだが、その被告の一人に偶然44歳のハンナを見つけるのだ。

ハンナのかつての女性同僚達が偽証を繰り返すのを見ながら、ハンナは被告ながら当時のユダヤ捕虜の看守としての自分の立場を堂々と主張し、傍聴席から反感を一気に買う。そして裁判の最終局面で、証拠となっている当時の看守の報告書をハンナが書いたのかどうかが争点となり、衆人の前で筆跡鑑定を求められるのだが、彼女は字を書くのを拒み、一転して、報告書は自分が書いたと証言したため、彼女だけが首謀者として無期懲役の刑に処せられてしまう。

ミヒャエルはその時のハンナの様子、さらにユダヤ女性の証言にあった看守だったハンナが若いユダヤ囚人を自室に呼びこんで小説を朗読させていたこと、また少年だった自分が同棲していた時の記憶などから、彼女が実は文盲なのではないかと気づく。

文盲と判明すれば報告書を書けるはずもなく彼女の判決も変わるはず。いったんは留置場のハンナに事実を確認しに面会にいきかけるミヒャエルだが、直前で再開する勇気がなくなり戻ってきてしまう。さらに帰宅したその勢いで法学ゼミの女子同級生を抱いて記憶を紛らわせようとするのだが瞬時の逃げに過ぎない。

裁判から10年。30歳半ばのミヒャエルは弁護士になっている。勢いで抱いてしまった女子学生(検事になっている)とは離婚し、幼い一人娘とも逢えず、娼婦を家に呼び込んで寂しさを紛らわす生活だ。

同棲していた高校時代の記憶を振り払うために父親の葬儀にも出ず遠ざかっていた故郷に久しぶりに帰り、昔の小説本を見たことから、牢獄にいるハンナに自分が朗読した名作をテープに録音して送る生活が始まる。

孤独の中でミヒャエルの朗読の声に心を躍らせるハンナ。そのうち、牢獄で借りられる本の字を眺めながら、60才になろうというハンナは、独学で文字を覚え始め、たどたどしい文字でミヒャエルに短い手紙を書ける様になる。しかしミヒャエルはまったく返事を書こうとしなかった。

裁判から20年。66歳になったハンナは刑期を終えて出所できることになる。身寄りもなく、46歳の弁護士であるミヒャエルに支援を頼むことになる。

とまどいながらも刑務所内に再会に訪れるミヒャエル。30年前に炎の様に愛し合った年上の妖艶な彼女が、囚人の小さな老婆となって目の前にいる。彼女がさりげなく差し出す手をミヒャエルは握り返せない。それに気づき心を閉じるハンナ。

30年前と同じく「坊や(kid)」と語りかける。死を賭してでも誰にも明かせなかった文盲の恥。それをハンナはミヒャエルに伝える。だが、二人の間にこれ以上に近づける距離はもうなかった。

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そして2週間後、ミヒャエルが彼女の住まいの準備を整え、花束を持って刑務所に迎えに訪れると・・・・



物語の最後に、54歳になったミヒャエルは、家族を含めこれまで誰にも心を開けずに生きてきたこと、それが離婚の原因でもあり、親子の絆を疎遠にさせていた理由だったと成人した娘に告げ詫びる。そして誰にも明かすことのなかったハンナとの恋愛経験を静かに娘に語りはじめるところで、映画は終わる。


名作だ。文学的な名作なのだが、欧州にありがちな、なかなかすっきりしない物語の展開だ。原作はドイツのベストセラーである「朗読者」。登場人物の心理が常に愛憎の両極を振れていて、愛しているのに許せない、憎んでいるのに抱きしめたい、という複雑な思いが錯綜しあっている。

さらに男性観客からはハンナの思いや態度、特にかつての若い愛人の男性を「坊や」と呼ぶ老婆の心に移ろう心理的葛藤が今ひとつ実感できず、なかなか感情移入しにくい。少なくとも涙がこぼれる様な展開にはなかなかならない。

★4個としたのは、ケイト・ウィンスレットのすばらしい奮闘ぶりから、そうした脚本の判りにくさを差し引いた結果だ。(ニコール・キッドマンだったら性格のきつい姉御のエロ話で終わっていたに違いない)

もっとも、原作を読んでいないが、実はそうした美貌の年上女性の持つ魅力と男には理解しきれない心の襞の「なぞ」の部分こそが、実はこの作品の最大のポイントなのかもしれないという気もする。

劇場でぜひぜひ観ておきたい秀作だ。


posted by カボリン at 14:53| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

海外出張インフル事情

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上海(浦東)空港での入国検疫はアンケート用紙一枚だけの簡単なも
の。出国(虹橋)はノーチェックだった。

日本(羽田)の入国検疫も5問のみの質問状を記入してサーモグラフィの前に立って10秒で終了。

イージーなもんだ、と安心したのが大間違い。

会社に出社して、持参したタミフルを返却したところ、いきなり産業医との問診に連れ込まれた。
もちろん今のところどこも悪くないのは最初から承知の上。
オフィスへの入館前に問診を受けないといけなかったらしい。

「潜伏期間が終わる7日間は終日マスクをして。」「人混みにでるな」「人前でせきやくしゃみをするな」とのお達しが…。
上海だからまだこの程度で済んだものの、メキシコからの帰国者は症状に関係なく「自宅待機7日の刑」らしい。

えーーっ?

中国本土の感染者はたったの二人。それもはるか田舎の山奥じゃない。それに引き換え人口10分の1の日本は既に4人。しかも都会近郊の空港だ。

どっちもどっち。目くそ鼻くそを笑う。
まるで無菌室にでも入ろうかというこの排他的な過剰反応は何?

ヒステリックな日本人のリアクションに改めて愕然としました。
posted by カボリン at 18:49| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする