大方予想されていたこととは言え、見るも無残な結果となった。
考えてみれば、前回の衆院選で小泉が圧勝した郵政選挙。あの時に国民が「自民党」を選択したのではなかったのに気づいていれば、ここまで悲惨な結果にはならなかったのかもしれない。

小泉があそこまで圧倒的に勝利した原動力、それは「構造改革」というキーワードであり、「自民党をぶっ壊す」という既成勢力への対抗意志だったといってよい。それが結果的にはどうだろう。首相を1年置きに交代させる様な体たらく。一瞬水面上に浮かんだかに見えた景気も、外需とともに大沈没。それまで取り繕ってきた官僚制度まで、年金問題を含めてボロボロになってしまった。
自民か民主か、ではなく、いったん自民党をペナライズする、そういう民意が結集してしまったのだろう。
さて、これからの政権
運営と日本の今後は?

自民党にできなかったことが、シロウト集団である民主党にそうそうできるはずがない。官僚制度に大きくメスが入り、
人事を含めて大変動が起きるのはほぼ間違いないが、それが国民生活や国家の挽回にはたしてつながるのか。
単に、政治家が強いだけの政治、に転がるだけではないのか。政治家が好きにしていては国がもたないので官僚が強くなった経緯を考えると、それを政治家により戻して何が生まれるのか。権益が役人から、票を集められる人間に移っただけ、なのだろう。その意味で、日本はこれからしばらく大変な混乱に見舞われることになると思われる。権益の奪い合いが政治家の間で起き始めても不思議ではない。
この大変化が何につながるのか。今の時点では皆目わからない。
民主党も寄せ集め集団なので、いつ分裂するかもしれない。自民が分かれて民主の一部を吸収する絵も容易に思いつく。
ただ、後世の歴史家がこの選挙を記述することがもしあるとすれば、それは「世代間闘争」の初まり、というキーワードであると思う。
どうやって若い世代が主役になって国の表舞台、経済のメイン
ステージに立てるのか。「そろそろ主役を交代してくれませんか」という虐げられ続けた30代以下の有権者の突き上げの序章ではないか、という気がしてならない。
民主の掲げたマニフェストをよくよく読んでみると、財源は既得権から召し上げ、これからの世代に再配分する、という哲学が見てとれる。本当ならこんな宣言をすれば、年寄りや
金持ちは忌避するものだが、なぜか今回は、国民全員が再配分に偏ってしまった。
こうした公約を実現できるのか、実現したときにどういう反動が社会で起きるのか、すべてはこれからだが、とにもかくにも梶は切られてしまった。
この選挙が単なる似た様な政党間の権力シフトに終わってしまうのか、それとも国民の既得権を引き剥がし、新しい世代の革命につながる第一歩となるのか、今日からの一年間の動きで大きく分かれる気がしてならない。
posted by カボリン at 08:13| 東京

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