水瓶座B型の天性の女優である彼女の内面の琴線がほんの少し垣間見えた、そんな気にさせる展開だった。
(半生のエッセンス)
三姉妹の末っ子として淡路島で中学まで育つ。植木等のファンで、小学校の時にママゴトホステスごっこで仲間を仕切る。三面鏡を見ながら自分の演出をする自意識に醒めた子供だった様だ。
舞台も知らずに芸能界に進みたいだけで宝塚音楽学校を受験、父親がしつけが厳しいのを好感して許したらしい。7.6倍の競争率だったが、成績は47人中42番、その後がんばるも25番で卒業。決して優等生ではなかった。いわゆる高校にはいかずに女だけの厳しい上下の指導で教育された。
卒業後、舞台に出ずに外へのビジネスのテストケースとして、アイドル歌手路線でチャレンジさせられるが、「悲しみのアイドル」のタイトル通りまったく売れず撤退。20才でようやく舞台に戻り、最初は機関車の機関士役から。毎回違う衣装作りでチョイ役をこなしハゲ頭で笑いを取るなどしていた。その後連続して主役級をこなし26才で月組のトップスターに。今でも機関士役はスターの登竜門になっているという。その時の月組の相手女性役が、今をときめく黒木瞳だった。


コメディ仕立ての東京公演の初日の前日に父が病死。自宅に電話するが、姉が心配をかけまいと死んだのを隠す。それでもと深夜に淡路に車を飛ばし30分だけ自宅で遺体を見舞う。「泣いた顔では主役は務まらない」と自分に言い聞かせ、翌日からの一月の舞台に臨み、いまだにその時の哀しみの涙はしまったままだ、という。
直後の29才で退団。黒木瞳も一緒に退団。「花のいのちは結構長い」のテレビCMで全国区に。
31才で松平健と「風と共に去りぬ」で共演。最初は年齢があまり違わないのに、「10才上か」と感じたほど大人びていたが、かなり経ってから食事会などで意気投合。これを機に34才で結婚。
41才、声帯炎で舞台を休むが、復活。母親を無くした直後、43才で芸術祭受賞。47才で離婚。
(マツケンとのこと)
末っ子同志で甘えん坊将軍同志、酒を飲むと初めて陽気になる。
子供が欲しい時期もかなりあったが、自分が主役で1年以上先まで予定が組んである以上、私的なことで穴は開けられない、との思いも強かったという。
マツケンからは、「人にはみな生まれてきた使命、役割がある。あなたは役者の仕事をするのが授かった使命だから」と言われた。
(野際陽子の質問と涙)
大地真央という人が今までどの位人前で感情を露に見せてきた人なのか知らないが、この番組で大粒の涙をこぼすとは思っていなかった。
母親の死を語るときに、それまでいさぎよく淡々と受け応えしていたのが少々涙腺が緩んでいたのだが、野際がマツケンに対する大地のコメントについて、
「離婚してわずか1年たらずなのに、こんなに別れた相手を思いやるコメントができる人はいない。それだけ愛情があった証拠だし、人生にけじめの付けられるあなたは尊敬すべき人」と水を向けると、一気に涙がぽろぽろとこぼれ、応えができなくなった。
(大地真央というひと)
大地真央というブランドイメージは、他の様々な役者や歌手も同様、いろいろな役柄の演技に加えて、記者会見時のコメントや表情や態度などから作られてきている。
わがまま、不遜、実力本格派の自負、プライド、女王様、などという形容詞が多かれ少なかれ当たっていたのではなかろうか。
今日の短い限定的な番組の情報からでは真実などわかろうはずもないが、想像できたのはこの人が今までどれだけ自分に与えられた使命に対して自分に課すものが大きくそれを耐え我慢してきたのか、という気概の大きさだった。クラスでビリからようやく半分で卒業、最初は外部で冷やメシを食い、
トップになり引退した後も、この人は「もう大丈夫」と息を抜けないくそマジメな仕事師なのに違いない。子供のこと、家庭のこと、人間として私人としての幸せ、そうしたものの価値は彼女にとって
大切とわかりながら、犠牲にする割切りを痛いほど意識してしてきたのだろう。
父親との別れの涙をいまだに流していないのは、そこまで苦しいものと知らずに始めた役者の使命をまだまだ終えるわけにはいかない、と強く決めているからではないのか。
そしてそれは、宝塚月組トップ、という汚してはならない名誉のためでもあるのだろう。
おそらくとんでもなく不器用で、女ながらに男を演じ抜くことで手中にしたトップの座を、どうやって守っていくのか、という気持ちしか彼女の根底には無いのではないか、少なくともそれを壊して別に弾けるほどの器用さも欲も持っていないのではないか。
だから人前のインタビューもいつまでたっても「男役」の仮面からはずれることができないのではないか。
今日の彼女の思わずの涙を見たとき、こんな思いが頭をよぎった。
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